Vol.8  




柔軟で独特なリズムのドリブルを武器に、相手DFを翻弄するチャンスメーカー。豊富な運動量を誇り、得点能力も高い。 2002年4月、選手生命を奪いかねない大事故に遭うが、長いリハビリ期間を経て復活。昨年9月トップチームでスタメン出場を果たす。



小林 成光
こばやし まさみつ 24 MF 
174cm/67kg,O型,1978年4月13日生,栃木県出身



今回の Tokyo Mania は小林成光選手登場。大怪我による長いリハビリ期間を経て、昨年劇的な復帰を果たした成光選手。”完全復活”の時はもうすぐです。

まずは昨シーズンの感想を。
去年はやはり、試合に出られたことが一番嬉しかったです。結果は自分の中では全然良くなかったけど、チームも勝てたし、”試合に出られた”ということだけで、新たに意欲をもってやっていこうという気持ちになりました。

2002年にまさかの大事故、その後復帰まで、いろいろ葛藤や不安があったと思います。一番辛かったことは何ですか?
やはりサッカーをできないことが一番辛かったですよ。肉体的には、事故直後は、上半身が起きあがっているだけで熱が出て、貧血になっちゃうような状態で。怪我した足は感覚もなくて全く動かないから、ほとんど寝たきり状態でしたね。リハビリも、まずは立って、血圧を安定させることから始めました。そこから車椅子に乗り、立って、松葉杖で歩く練習をして…。自分の足で歩けるようになったのはもう何ヶ月も後でした。

怪我をした直後、どんなことが脳裏をよぎりましたか?
直後・・・。夢だろうと思いました。現実逃避ですね。すごく恐くなって、そのまま半年くらい失踪しようかと思った。自分で自分自身を裏切っちゃったというのもあるし、チームや応援してくれるみんなを裏切っちゃったという思いがすごくあって、とにかく逃げだしたかったです。

そ んな中、気持ちを支え、前向きになれるきっかけとなったものは何だったんでしょう?
自分の中では『チームのみんなを裏切った』という気持ちが一番強かったんです。でも入院してすぐに、社長から花が届いたんです。自分は「裏切った、裏切った」ばかり思っていたんですが、チームのトップの人である社長が花を贈ってくれて、チームも少しは許してくれるのかと、ちょっと気が楽になりました。それからは、自分が起こしてしまったことの責任をとらなければいけない、と思うようになりました。ファンや周りの人は「大丈夫、1年後には復帰できるよ」とか言ってくれるじゃないですか。そういう言葉をちゃんと受け止めて、逃げちゃいけないんだ、と思えるようになりました。そしてグラウンドに出てきて、みんながサッカーやっている姿を見たら,自分もサッカーやりたい、という気持ちが強くなっていって…。それが支えですね。

骨折した部分がなかなかつかずに、何回か手術をしたと聞きましたが。
去年の12月に最後の手術をしたんですけど、自分は結局4回手術をしたんですよ。事故後すぐに手術をして、骨折部分の支えを上と下2カ所ずつボルトで留めていたんですが、骨がつくように縦の刺激を入れようということで、上のボルトだけ抜いて、でも無理だったんで、3回目は自分の骨盤から骨を移植しました。その後は良くなって、ずっとサッカーできていたんですけど、ボルトが入っていることで、痛みがあったり、ちょっと感覚が違うし、取ってやってみたいと思い、12月に残りのボルトをとる手術をしました。

今はどんな感じですか?
イイです!やっぱ全然違いますね。普通に笑っちゃいますね。

昨年復帰した後、またボルトをとる手術を受けたと聞いて、みんな驚きましたが。
やっぱり(ボルトが)入っていると痛いんですよ。でも「サッカーができるうちはずっとやっていたい」という思いがあって、(ボルトを)入れていれば痛いけど出来るかなと、ごまかしながら我慢してやっていたんです。でも、去年試合に出ることによって、もうワンランクアップしないと、こういう公式戦では活躍できないんだなと感じてからは、ずっと取ってやってみたいと思っていて。天皇杯前に監督から「痛いのか?」という話を聞かれて、いろいろ話をして、「じゃあ、もう早めに手術をしよう。」と言われました。

今は筋トレ中ということですね。もう骨はしっかりくっついたんですか?
折れたところはもう完璧にくっついてるんですけど、ボルトを抜いたところが空洞になっているので、そこだけ注意しています。でも今はボール蹴っても、走っても、筋トレしても痛みはないです。ボルトの穴はちょっとずつ埋まっていくそうなので、レントゲンを撮って、様子をみながらやっています。まあ、問題ないです、大丈夫です。

2年半ぶりにスタメン出場したナビスコカップ・準々決勝のガンバ大阪戦、出た瞬間は?
やっぱりすごく嬉しかったですね。前は当たり前にその声援の中でやっていた所が、「こんな感じだったのか!」と、やっと戻ってこれたと思って。ファンの人もすごくコールをしてくれたし、試合前なのに、普通に泣きそうでしたね。チャンスだと思ってたんで、一生懸命やろうって気持ちはあったんですけど、緊張してたし、久しぶりだし、気持ちが入りすぎちゃって周りの声が聞こえてない部分が多かったかもしれない。でも、メンバーも前から、一発勝負のナビスコカップで結果を残そう、勝とうという気持ちが高かったので、そういう試合に出られて勝てたということは、自分の中で自信にもなったし、また頑張ろうっていう気持ちになったし、すごい重要な試合でした。

では最後に今年の目標を。
今年は、あまりあせらないで体を戻していって、去年みたいにトップの試合に出て、今度は活躍できるように頑張ってトレーニングしていきたいなと思います。
◆前所属チーム:佐野日大高校
◇1995年:栃木県選抜 福島国体出場( 2年時)
◇1996年:栃木県選抜 広島国体出場 全国高校サッカー選手権出場 (3年時)
◇1997年:佐野日大高校卒業
◇1997年〜1998年: 東京ガスFC(JFL)
◇1997年:JFL新人王
◇1999年:FC東京(J2)
◇2000年〜:FC東京(J1)

1月某日、チーム始動前の小平グラウンドで取材に応じてくれたマサミツ選手。年末年始は実家に帰ったものの、1月は5日から小平グラウンドが使えるとのことで、一番乗りで筋トレを開始していたそうです。「ファンからの質問をいくつかご用意しました」と言ったところ、「OKっすよ!何でも答えますよ〜!」と気さくに答えてくれました。笑顔がとっても明るかったマサミツ選手。”完全復活”した姿が見られるのも、もう時間の問題ですね!(石川由美子)
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