調布の街をこよなく愛する中畑さんですが、調布との出会いはなんと、今から30年以上も前のことなのだそうです。
駒澤大学の野球部員だった中畑さんが、祖師谷の合宿所からしょっちゅう遊びに来ていたのが仙川。
以来、調布とは切っても切れない仲だとか。


 

 

 調布の魅力は「緑」と「人情」。

-まずは中畑さんから見た、調布の魅力を教えていただけますか?
 まだまだ自然があるところだよね。それから昔からの付き合いができるところ。人情というか、そういう雰囲気があるよね。友人が身近にいるし、調布とはどんどん離れられない関係になっているんだよね。この近辺だけで、半径500m以内で結婚してから4回引越ししてるの。そのくらいここから離れられなくなってる。調布は田舎のイメージが感じられる雰囲気がいいね。環八から向こうに行っちゃうと、なんか企業の町という感じがするでしょ、コンクリートの世界があって。調布には緑が多くある。そういう雰囲気がけっこう落ち着くよね。

-そんな「調布LOVE」な中畑さんは、毎年チャリティのスポーツ大会を開き、地元調布への寄付活動を行っています。
 何かを還元していきたいな、ということだよね。何らかの形で協力できることがあればと思ってやっているんですよ。一人のお金ではなくて、みんなの気持ちが集まったもの、というのが一番自然で輪が広がっていくんだよね。今後定着していって、輪が広がって他でもこういう活動をする人が増えてくれるとうれしいね。いつでも音頭とるから。僕はボランティア活動大好きなの。そう言えば最近は寄贈品に「中畑氏より贈呈」とか名前が入っているんだよね。あれ、うれしいもんだね。

-中畑さんのその人情味やポジティブなパワーの源はどこにあるんですか?
 やっぱり野球じゃないかな。野球という団体競技をやってきたおかげ。それから感謝の気持ちですね。兄弟が本当に応援してくれて、僕は9人兄弟の8番目なんだけど、兄弟の中で唯一大学に行かせてもらって、好きな野球をやらせてもらえて。俺の中でそういう気持ちが膨らんでいく環境というのを整えてくれた。(家族にであり、野球への感謝の気持ちですね。)そう。そういう中で、長嶋さんのような素晴らしい人に出会えた。「ああなりたいな、こうできたらいいな」という目標が目の前にあるので、迷うことなく、積極的にいろんなことができる環境があったんだよね。だから俺はすごく幸せだよね。

※「きよしのドリーム チャリティー ゴルフ」毎年暮れに行って、今年で15回目。地元調布を始め、新潟県中越地震等にも寄付活動を行っている。

 『絶好調!』今なら流行語大賞だね

-「絶好調」が中畑さんの代名詞。そもそもの由来は何だったんですか?
 長嶋監督の質問から生まれた言葉なんだよね。「おい清、調子はどうだ?」って聞かれた時、俺はいつも「まあまあです」って答えてたんだよね。そうしたら当時のコーチだった土井さんが「『まあまあ』なんて言ってたら、監督がお前を使うわけないだろう、『絶好調』って言え!」、それからだよ。それで「絶好調!」って言ってたら、本当に使ってくれたんだよね(笑)。(「絶好調」という言葉を口にすることで、実際にいい方向に行くという…)そうだね、自己暗示だよね、いい意味での。絶不調の時でも、その言葉を出すことによって元気が出る、前向きになれるというプラス思考の言葉だと思うしね。でも絶好調って、それ以上はないんだよね。あとは下りだけなんだけどね、本当はね(笑)。
 でも、その「絶好調」を使っていたころには、何か物事がみないい方に向かっていくっていうかね、俺の生き方の中ではいいアドバイスをいただいた言葉になったね。もう代名詞的な言葉になったしね。今だったらきっと「流行語大賞」になったよね(笑)。もともとある言葉だけどね、でも俺が一番使っているんじゃないの?

 ただまっすぐと目標を持ち続けて

-長嶋監督の代行として、指揮をとったアテネオリンピック。いろいろとご苦労もあったのでは?
 選手全体がものすごい集中している、気を抜く暇がないという1ヶ月間だったから、あまりにも辛い環境をつくりすぎたな、と思うのね。冗談など言ったら、背負ったものに対して失礼だ、というような空気があるから、ジョークがでない、出せないというピリピリした1ヶ月間だったね。プロだけでオリンピックに出るというのも初めての経験だったし、とにかく経験ということの重要性を改めて感じさせてもらったね。

-またやって欲しいと言われたら、しんどいですか?
 いや、またやってみたい、という気持ちは出てきたね。やっぱり経験したことによって免疫もできたし、応用もきく。「もっと違う世界を作れるだろう」とは経験をしたことによって思うね。そういう意味では最高の経験ができたよね。あれだけ真剣な野球があったんだと、改めて野球の原点を知ったというか、大切なものを得たね。(その経験を今後に?)生かさないとつまらないよね。こんなすばらしい経験を長嶋監督は与えてくれたんだから、それを生かすために一回、チャンスをいただきたいね。(現場復帰は?)それはもうずっと目標ですよ。そのエネルギーはずっときらすことなく蓄積してます。もう待ちきれませんよ。今はまだ多くの人が「中畑選手」というイメージをもってくれるわけですよ。そのイメージがある間、選手と一緒になってやれる間にやりたいね。一発勝負。自分の目標を見失うことなく、ただまっすぐ、ずっと目標を持ち続けているんでね。機は熟していると思いますよ。

profile
昭和29年 1月6日 福島県生まれ
昭和51年 東京読売巨人軍入団(ドラフト3位)
昭和58年 日本シリーズ第3戦(対西武)サヨナラ安打。
        大舞台に燃えて“絶好調”が代名詞となる。
昭和59年 労働組合プロ野球選手会初代委員長。
平成5年 東京読売巨人軍打撃コーチ就任時には長嶋監督の下、 リーグ優勝と日本シリーズ優勝を果たす。
平成15年 アテネオリンピック全日本野球ヘッドコーチとして参加し、 銅メダル獲得。
現在野球評論家として活躍中。


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