 
深大寺は天台宗の古寺で、正式名称を天台宗別格本山浮岳山相楽院深大寺といいます。
深大寺は奈良時代(天平5年・733年)に満功上人によって創建されたと言われており、東京では浅草寺に次いで古い、歴史のあるお寺です。
雑木林の緑と湧き水をたたえた池や水路に恵まれた深大寺ですが、過去に何度かの火災を経ており、現存する最も古い建物としては、山門(元禄8年)、常香楼(天保4年)があります。
毎年3月3日・4日には、厄除け元三大師祭とだるま市が行われます。
●所在地/深大寺元町5−15−1
●交 通/京王線調布駅北口、つつじヶ丘駅北口からバスで深大寺行き乗車、「深大寺」下車
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 本堂の正面に建つ山門は、1695年(元禄8年)に建てられました。幕末の慶応元年(1865)の大火をのがれた数少ない建物の一つで、境内現存の最古の建物です。柱、組材などはケヤキで赤く塗られ、屋根裏板・垂木などはスギで黒く塗られています。「山門に 雲をふき込む 若葉かな」と詩人正岡子規にも詠まれています。平成10年12月25日に市文化財に指定されました。
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 1833年(天保4年)建立。もとは大師堂前にあり、幕末の大火に焼かれた際の焼け跡が北側に残っています。屋根中央に金色真鍮鋳物の宝珠を乗せ、四隅の降棟の先には金色真鍮鋳物の鳳凰の頭を付けています。
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|  鐘楼は1870年(明治3年)に再建されました。現在鐘楼内にある梵鐘は平成13年に新たに鋳造されたものです。
旧梵鐘は鎌倉末期の特長を良く示しており、1376年鋳造の山城守宗光の銘があります。東京都内では三番目に古い鐘で、国の重要文化財に指定されています。この梵鐘は、現在釈迦堂に置かれています。
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現在の本堂は大正8年に再建され、本尊は阿弥陀如来です。鎌倉時代前期の作といわれています。本堂は平成15年に改修されています。
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昭和51年に白鳳仏を安置するため釈迦堂がつくられました。
白鳳仏は金銅釈迦如来倚像といわれ、「立像にあらず座像にあらず(深大寺明細帖)」と記されています。7世紀末に作られたとみられ、関東を代表する金銅仏で清純な童顔は朝鮮新羅から中国隋代の仏像に源流が辿られるとされています。白鳳仏の向かって左側に置かれているのが国重要文化財の旧梵鐘です。 |
 
幕末大火で類焼しましたが被災直後(1867年、慶應3年)再建されました。
内部には本尊の慈恵大師像がまつられています。この像は高さが196.8cmもあり、これほど大きなものは珍しいそうです。慈恵大師はご命日が元月三日(1月3日)だったことにちなみ、元三大師と呼ばれています。除災招福、商売繁昌、良縁成就、交通安全等、厄除けのお大師様として信仰をあつめています。 |
 深沙大王堂は、深大寺の西端域に建つ境内社で水神をまつる鎭守社でした。明治の神仏分離の際に旧堂は破却されましたが、昭和43年に現大王堂が再建され、宮殿は本尊とともに元三大師堂から旧地に復しました。宮殿製作年代は寛文2(1662年)〜13年の間と考えられ、市内最古の建造物として平成10年に市文化財に指定されています。
この深沙堂には、秘仏深沙大王像が安置されています。深沙大王は水神で秘仏は57cmの高さがあり、どくろの胸飾りをつけ象皮の袴をはき憤怒の形相をした鎌倉時代の優作です。深大寺縁起から縁結びの神ともされています。
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| 深大寺周辺はどこを歩いていても緑が目に入ってきてとても爽やか。境内にもいろいろな種類の木があります。本堂に向かって左側には、※ナンジャモンジャの木があります。
←向かって右側の大きな木は「ムクロジ」といい、茶色の実の中にある固い種が羽根つきの球に使われるそうです。他にも境内にはヤマモモ、イヌシデなど、様々な木があります。
※ナンジャモンジャの木→
その地方に珍しい樹種や巨木を指して呼ばれます。
深大寺のナンジャモンジャの木はヒトツバタゴです。
明治神宮のナンジャモンジャの木もヒトツバタゴです。
 そば守観音
毎年10月中旬に、このそば守観音の前で
そば祭りが行われます。
観音様に蕎麦を献上した後に、
一般の人々にも蕎麦がふるまわれます。
撫でると治る!?
賓頭盧尊者(びんずるそんじゃ)大師堂のおびんずるさん。
インドの僧侶で医学的にも大変すぐれた力をもっていたそうです。
”撫で仏“として霊験があり、自分の体の悪いところを
なでると良くなると言われています。 |
  
深大寺周辺は国分寺崖線に位置し、「ハケ」から湧く豊富な水が、せせらぎや滝をつくっています。
深大寺境内や周辺には湧水が流れ出し、滝や池も多くあります。
この湧水はとても澄んで冷たく、夏でもひんやりとしています。

湧き水が流れ込む亀島弁財天池。この池にまつわる若者の恋物語が「深大寺縁起」(深大寺ができた由来)になっています。
深大寺縁起
その昔、この地域一帯は郷長右近(さとおさうこん)によって治められていました。そこに福満(ふくまん)という青年が移り住み、右近の娘と恋に落ちたそうです。ところが右近は二人の仲に反対し、娘を池の島へ隠してしまいます。福満は深沙大王に「大王様のお力で、私をあの島に渡らせてくださったら、私は大王様をこの柏野の里の鎮守としておまつりさせていただきます」と一心に祈りました。すると池から霊亀が現れ、福満はその背中に乗って島へ渡り、娘を助け出しました。これを見て右近も二人の仲を認め、結婚を許しました。二人の間に授かった子は満功(まんくう)といい、父の念願である深沙大王との約束を受け継ぎ、唐へ渡り法相宗の教えを究めてこの地に戻り、733年に深大寺を開創しました。 |
  水生植物園・深大寺城趾
緑の中でちょっとゆっくりしたい…という時には水生植物園がおすすめ。”ハケ“の緑に覆われた園内は、風が通り抜けるととても涼しく感じられ、ここが東京だということを忘れてしまうほど。
園内には小高い丘のようになっている箇所がありますが、このあたりが深大寺城趾です。今は広場になっている城趾の一角にはそば畑があり、珍しい夏咲きのそばの花がたくさん咲いていました。はなしょうぶ園のあたりは木製の橋の通路になっており、間近で花を見ることができます。
このそば畑は“深大寺城そば畑”と名付けられています。深大寺そばのシンボルとして、そば組合が深大寺そばの伝統を守ろうと、次代の子ども達と共にそば作りを始めました。
写真は夏そばの花ですが、8/17には秋そばの種まきが行われます。
ちなみに秋そばの花は、9月中頃が見頃です。 深大寺水車館
バス通り沿いにある湧き水で回る水車。
この深大寺水車館のある所には、
明治時代後半まで水車小屋があり、
穀物を粉に挽くために利用されていたそうです。
水路を流れる逆川(さかさがわ)は、
深沙大王堂の裏手のハケ下からわき出ています。
水車館には水車の他、小さな資料館もあり、
水車の歴史や当時使われていた農具などを展示。昔の生活の様子がわかります。
 亀島弁財天池そばのFC東京選手による植樹
じんだいフェスタの開催時に
「ホームタウンである調布の深大寺地域が、
今後もみどり豊かな場所であってほしい」 との
願いを込めて行われている、FC東京選手による桜の植樹。
すでに3本の桜が植樹されています。探してみよう!
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他にもこんなお楽しみスポット! らくやき むさし野
深大寺窯
Tel.0424-83-7441
9:00-17:00(受付は16:30まで)
お皿や土鈴など好きなものを選び、自分の好きなように絵を描いたり色を塗ったりします。
そしてそれを20分ほど焼いてもらって完成。自由に絵を描き、焼き上がりもすぐなので誰でも簡単に楽しめます。私たちはお皿とカエルの色塗りに挑戦!20分後…お皿とカエルがあっという間に完成!(カエルはちょっと不気味…?)
  
鬼太郎茶屋
Tel.0424-82-4059
10:00-17:00 オーダーストップ16:30
(月休・祝日の場合は翌日)
深大寺の観光スポットとしてすでにおなじみの鬼太郎茶屋。店内にはいろんな鬼太郎グッズや、妖怪にちなんだ甘味メニューも豊富。
めだま親父がいる 妖怪かき氷500円
一反もめんが青空を泳いでいる 一反もめんハワイ350円
ねこ娘の好物・魚がいる! ねこ娘イチゴ350円
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