甲州街道
●旧甲州街道沿い〈布田五宿〉

 江戸幕府を開いた徳川家康が江戸日本橋を基点として整備した五街道。その1つとして、調布を通る甲州街道が整備されたのは慶長9年(1604年)頃のことです。街道にはたくさんの宿場が置かれましたが、調布市内では、国領、下布田、上布田、下石原、上石原が宿場となり、「布田五宿」として1つの宿場の仕事を交替で果たしていました。甲州街道三番目の宿場町であるこの「布田五宿」は長さ3kmあまりで、街道に沿って町並みができ、旅館や酒・豆腐・菓子・そば・茶・荒物・質屋などの商いをする店があったそうです。
 旅籠は布田五宿合わせて9軒ありましたが、参勤交代の大名が泊まる本陣や脇本陣はなかったため、「布田五宿」は”小さな宿場“であったと言うことができるでしょう。

 明治時代の甲州街道は砂利を敷いて土をつき固めた道で、風が強いとすぐにほこりがたったそうです。街道を通る人もまだ少なく、たまに荷車が通る程度で静かな道だったようです。この甲州街道には乗り合い馬車が走っていて、調布から新宿までの所要時間は約2時間だったそうです。

 「布田五宿」があった付近は、現在も衣料品や雑貨、荒物などを扱う代々続く商店が多くあり、今もなお「宿場」の賑わいの雰囲気を漂わせているこの地域は、調布市内で最も早くから開けた所と言うことができるでしょう。

◆旧甲州街道の移り変わり 文具 なかざわ辺りから布田方面(MAP:B)


明治43年12月布田天神「暮の市」でにぎわう甲州街道(現在の旧甲州街道)


昭和34年頃の風景


昭和49年頃の風景


現在の旧甲州街道の風景 文具・事務用品なかざわ 前

◆旧甲州街道の移り変わり たましん 辺りからパルコ方面(MAP:C)

昭和5年の甲州街道(現在の旧甲州街道)布田から小島町方面を撮影。
左側に見える白い建物は旧調布郵便局




現在の旧甲州街道の風景(たましん 前)

 

 

 
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