「調(みつぎ)」の「布」〜 調布の名前の由来 〜

多摩川にさらす手作りさらさらに
何そこの児のここだ愛しき (万葉集巻14東歌)

多摩川の清流にさらさらと布をさらすよ、
流れはさらさらとして・・・。
ああ、更に更に、どうしてこの娘は
こんなに可愛いいのでしょうか。

 この万葉集に詠われている有名な歌、だれでも一度は聞いたことがあるのではないでしょうか?
 この歌は織り上がった布を多摩川の清流にさらしている様子を詠った歌です。調布近辺の多摩川流域では麻などの生産が盛んで、奈良時代頃からは、土地の特産物を納める
”税“のひとつ「調(みつぎ)」として麻「布」を、武蔵国府へ納めていました。これが「調布」地名の由来だと言われています。
 この歌にあるように、麻などから織り上がった布は、柔らかくするために木造りの臼(うす)や砧(きぬた)でついて多摩川に晒していました。麻の栽培から多摩川へさらす工程までは、すべて女性の仕事だったのだそうです。


狛江市中和泉の万葉歌碑
(MAP:A)


多摩川沿いの多摩川児童公園の万葉歌碑
(MAP:B)

布田天神社の多摩川の碑
(MAP:C)

たづくり1Fエントランス
(MAP:D)


一言メモ
● 多摩川近辺には布田・染地・砧など布作りに由来する地名が多く残されています。
● 万葉歌碑(東京都指定旧跡玉川碑跡) 狛江市中和泉4ー14ー13
  この歌碑は江戸時代の文化二年(1805年)に松平定信の筆により、猪方村(現狛江市)に建立されましたが、文政12年(1829年)の多摩川の洪水により押し流されてしまいました。その後、大正11年(1922年)に地元狛江の里人と渋沢栄一らの努力によって、旧碑の拓本を模して現地に再建されました。
● 多摩川沿いの多摩川児童公園にも多摩川の万葉歌碑があります。
● 布田天神社境内には弘化三年(西暦1846年)に建立された、「多摩川にさらす調布さらさらにとよみ給ひしは此の布多の里にぞありける。」で始まる、多摩川の碑(布多天神社の由来碑)があります。
● 調布市文化会館たづくり1Fエントランスホールのシャンデリアは多摩川で布をさらしているイメージなのだそうです。


つづきは↓こちら

(1)「多摩川を下る」「多摩川を渡る」

(2)多摩川・調布は日本水泳界の中心地だった?!

(3)東京のレジャー・リゾート地、調布・多摩川。



 

 

 

 

■主な引用参考文献等…図説調布の歴史(調布市)、新・調布案内(調布市郷土博物館)、調布市の歴史(中西駿郎)、多摩川水泳五十年(原育夫)、調布今昔写真集(調布市教育委員会)

●写真提供…調布市郷土博物館、調布市庶務課歴史資料係、大久保正二さん

 

 

 

 

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