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| 多摩川・調布は日本水泳界の中心地だった?! 多摩川原橋のあたりにあった公衆遊泳場(大正9年) 大正9年(1920年)夏、多摩川河川敷(現在の多摩川原橋の近く)に東京府営の公衆遊泳場・が府下で初めて開設されました。『「東京府営公衆遊泳場」といえば、大変カッコよくきこえるが、実際は多摩川の流れに船を一艘浮かべ、それに樽をしばりつけた網で一定の区域を囲んだ、今様、天然流れるプールであった。』(調布市の歴史・中西駿郎著)とあるように、多摩川の中を区画して作られた自然のプールでした。岸辺の松林の中に、ヨシズ張りの事務所と脱衣所が設けられていたそうです。 このプールで東京府の水泳講習会が開かれ、講師は日本水泳協会所属の、当時最高最強メンバーでした。 この記念すべき天然プールも、多摩川の本流では大水が出たときなど何かとさしさわりがあるということで、翌10年(1921年)には、上石原地先の多摩川堤防内(現在の上石原3丁目60番地の辺り・)に、東京府のプールが作られました。幅25メートル、長さ約100メートルのプールで、ここで全日本少年水泳大会や大学対抗競泳大会、全日本選手権競泳大会など各種の競技会が開かれました。「キリギリスや蛙の楽園であった石の草原は、一躍日本水泳界の中心地になってしまった。京王線上石原駅(現西調布駅)から、八幡様の坂をおりプールまでの田園道・には、各新聞社の旗が立ち並び、電車の着く度に観衆の列が続いた。」(多摩川水泳五十年・原育夫著)と、当時はたいそうな賑わいだったようです。このプールは大正12年の関東大震災の影響で壊れるまで、日本の水泳界にとって、最も重要な水泳練習や競技の会場となったのでした。
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![]() 若宮八幡神社の坂 (MAP:I) |
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